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卒業生・在学生の声

We feel like family members.

東北大学4年 菅谷壮宏

 こんにちは。2006年に塾を卒業した菅谷壮宏です。私は高校生の3年間、『田口学習教室』に通っていました。
 今、私の立場は、大学4年生で就職活動を終えた状況にあります。つまり、つい最近まで不景気に苦しめられていた人間の一人です。ご存知の通り昨今の経済情勢は、大変厳しい状況であります。しかし、この期間に就職活動をしたことで感じたことが多々あります。
率直に言えば、社会という枠組みに入ることすら現代にあっては困難だ、ということです。
つまり「職」がありません。もちろん最低限ありますが、求められる人材は、意外にもテストができる人間、帰国子女、英才教育を施された者ではありません。必要なのは、価値、社会を自ら生み出していける人間です。特に、このようなパラダイムシフトの時代にあっては尚のことです。受験競争という言葉などに使われていた「競争」という概念は、もはや過去の産物です。価値を生み出すためには、理性とでもいうべき能力が必要です。なぜなら、この不透明な社会にあって、多量に氾濫する情報に惑わされていては、価値の創造などできるはずもないからです。今、子ども達が触れている音楽などの文化の殆どが「商業化」されています。愛や友情といった道徳観念は、単なる言葉の商品広告に成り下がっています。本質を無視した、いわば「虚」の社会の中で、「実」を見出し価値を作っていくことは容易いことではありません。
 しかしながら教育の実態は、この社会の変容に追いついていません。むしろ、常に後追いをしています。いくら「虚」の後を追ったところでそこにあるのは「虚」のみです。では、何が教育として必要かといえば、私は「人間力」を養うことだと思います。それ即ち理性といって良いかと思いますが、しっかりとした「考える、感じる力」をもつこと。これが羅針盤となってどんな社会であろうとも適応していけるはずです。 
 この『田口学習教室』で、私はそれを教えられたと思います。だからこそ、受験も、就職活動も切り抜けることができたのです。しかし、受験で成功するためだけなら、この塾は不用です。この塾では、人間が、鍛えられます。
 今の世の中、「教育者」と出会うのも容易なことではありません。このHPを見たのも何かの縁です。是非一度門戸を叩いてみてはどうでしょうか。
 田口先生と出会って僕の人生も、一変しました。
 
~塾長より~
菅谷君は、トップページの卒業生の写真、右の人物です。慶応を蹴って東北大に進みました。既に、『大和総研』に就職を決めています。左は同じく慶応を蹴って東北大に進んだ渡君です。彼も旧『日商岩井』に就職を決めました。授業が終わった深夜、数十キロ離れた岩間まで週4回、高速道路を使って赤字覚悟で彼を家まで送りました。何故なら、彼は『どうしても教えたい!』と思わせる生徒だったからです。

東京理科大学4年 佐野貴規

 自分は、田口学習教室で高校時代の大半をお世話になり、人生観/世界観をイイ意味ですっかり変えられてしまった数多仔羊の一匹です笑。
 入塾以前の世界観はというと、世の中の沢山の人は、文科系/理科系、また、文化系/体育会系の組み合わせ、計4種類のいずれかの性質/属性が生得的に備わっている、というものでした。社会的に設けられた義務教育期間は、外見では見定められない各々のそれら性質を見定めるための猶予期間だと考えていました。見定めに成功した後、つまり義務教育終了後からは、その性質/属性に磨きを掛けるために、就職あるいは進学し、進学した人は文科系/理科系の性質/属性を更に精錬していくことになるわけです。
 ここで、自分の世界観がいけなかったのは、例えば理科系かつ文化系の人間は、文科系や体育会系の性質を全く持ち合わせていない、と信じていたことでした。現に、自分は小学生の時分から、算数は好きだった一方、文章を読む時は拒絶反応が起こっていたことや、(文化系科目としての)音楽は割と好きだった一方、(体育会系科目としての)マラソン大会では必ず最後尾5位内でゴールしていて運動嫌いだったことなどから、自身を理科ー文化系だと決断したので、文科系科目や体育会系科目は勉強する必要がないんだ、むしろ勉強しちゃいけないんだ、とまで信じて生きていました(←逃避です笑)。文科系や体育会系と接する分だけ、対なる理科系や文化系の能力の成長が遅れてしまう、と頑なになってもいました。 ところが、偶然通うことになった『田口塾』での授業では、『この人(=田口先生)は明らかに、自分を文科系にも理科系にも限定していないみたいだ』という印象を受けずにいられませんでした。初めは、そんな『どっちつかず』な生き方での人間の成長なんて可能なのかと疑いっぱなしでしたが、だんだんと、自分を限定しない自由で、それこそ『全部系』としての生き方の様子が理解できていきました。直面した問題にはどんな分野でも真摯に取り組んで、最善策を導き出してみせる、という積極性を以って生きている人物に会ったのは、田口先生が初めてでした。
 以後、そもそも人(ないしはヒト)は、元来『全部系』の性質/属性が備わっていると実感するようになりました。'08~'09年頃の例で、文科系科目としての法学や経済学をまったく勉強したことのない理科系人間が(きちんとした倫理観を備えた)裁判員として選ばれたり独自に好景気を模索したり、理科系科目としての農学や軍事系工学をまったく勉強したことのない文科系人間が、(生物学的な)食の安全や兵器の(工学的な)機能/形態/用途について深く議論をする必要に迫られたりしているようです。そうして人(ヒト)の社会の改善/発展が、なされてきましたし、なされ続けています。更にこの先もずっとなされていくでしょう。世界は皆さんに、文科系『だけ』人間にも理科系『だけ』人間にもなってほしいとは言ってなくて、むしろ全部系人間たれ、と要求し続けてきているわけです。
 こうして、居る筈ない在り得ないと盲目的に決め込んでいた『全部系』人間の生き方を入塾以後も現実として目の当たりにし続けたことで、自分の偏った偏屈視野はすっかり改変(否、改善)させられました。少なくとも文科系『だけ』や理科系『だけ』の属性/性質でできた人間は、いないのだという確信が得られました。
 そうして、田口先生から自分が得た最も有益なものは、全部系たる為の心の在り方/持ち方等の基礎固めです。どんな無縁な難解な分野にも物怖じせず妥協せず取り組み結果を残すための、智恵/智識です。田口先生の、特に英語の授業では、得られるものが盛り沢山です。おもしろい事に、以前の自分は文章を読むという文科系行為(←あくまで自分の中だけの定義です)が禁忌だったため、生まれて初めて本気で読んだ文章が、英文となってしまいました。日本人なのに笑。今では和/英ともに長文大好き人間です。他の言語もモノにしてみせます。因みに自分が塾を卒業する頃には、大抵の学問分野に対して心身の拒絶反応は起こらなくなり、文理構わずに好奇心、むしろ義務感すら湧くようになりました。現に、今現在も薬学を起点として幅広い視野/能力を求めて精進中です。また、運動も嫌いじゃなくなったどころかむしろ好きになり、体力も多分人並みにはなったんじゃないかと思います笑。近々格闘技にも手を付けてみたいと思います。入塾以前に比べて世界観がポジティブ側に大逆転したと実感しています。以前は視野を自分でネガティブ側に狭めていたわけですから。
 ではでは、現在進路に少なからぬ不安を覚えていたり、モチベーションの源泉が涸れ切っていると自覚/他覚している小中高生/保護者の皆さんは、ぜひぜひ田口先生に人生の幅、生きていける世界の大きさを拡げてもらいませう。m(_ _)m(了)

江戸川学園取手高等学校三年 佐野友香

 「受験勉強」のあるべき姿について考えてみる。
人間の脳の成長というのは19歳でピークを迎え、20歳になるとだんだんその機能が衰えてくる。
 よって中学・高校時代というのは非常に大切な時期であり、その中でいかに脳を発達させるかが重要となってくるのである。
 受験生に求められるものを挙げてみると、
・全体、論旨把握力 ・表現力、論証力、考察力 ・本質的な理解力 ・資料の分析、活用力 ・文章読解力 ・論理展開能力 ・知識・・・ 数多くある。心配になってくる。
 「田口学習教室」では、物事を何より基本から学び、演習量を非常に多く稼ぐことができる。私に関しては学校の3倍以上もの演習を田口学習教室で行えているので、心底助かっている。 また、個人を意識した授業を受けることができるため、自分の考えなども発言しやすい。もし理解できないところがあれば、優しい先生が懇切丁寧に教えてくださる。
 次に、私は入塾前から論理的に物を考えることを好んでいたが、田口学習教室に入り授業を受けていくうちに、自分はいつも論理が甘かったんだなあ、と文字通り痛感した。
 「論理的に考えるひとってきらい」と、まれに言われることがあったが、最近になってさらに言われるようになった。(もちろん親しい友人にである)
 また田口先生は英語のみでなく、日本語にも長けた方で、現代文なんかもいっしょにやればバッチリである。
 そして田口学習教室の最高の売りは、楽しい勉強の合間にされる、非常にためになる雑談であると思う。
 「深く、広く」がモットーの田口学習教室ではその雑談も本当にジャンルが幅広く、持たれている知識が非常に深い。 音楽、映画、小説、そして車といった話題については特によく触れることができる。決して「昔のいい作品」ということに固執していないのが好きである。 さらには、難関大では頻出の“哲学”の思想についても、専門用語をふまえて簡単に理解できるのだ。これは、現代文の問題を解く際に非常に役立つ。周りの生徒からも差をつけられる。
 つまり、田口学習教室では上記した“受験生に求められるもの”を、ほとんど身に付けることができるのである。
 さらに、中学・高校時代というのは人間的成長が急速になされる期間でもある。この塾に通うすべての生徒は「受験勉強ばっかり」ではなく、人間性が豊かで常識や道徳面に優れており、私は入塾してそのことに非常に驚いた。
 この田口学習教室では、我々が生きる“それぞれ”の社会に適応した生き方について、自ら考える力を身につけることができる。つまり自分たちの住む社会を見つめることで、「このまま社会に出ていってしまっていいのか」という不安を抱くことができるのである。
 そうした不安を抱くことは、早くから将来に向けて準備をするために必要なことであり、いまの若者に欠けた部分なのではないかと、まわりの友人を見ていて思う。
「あのとき勉強していればよかった」と後悔しないように、この重要な時期に、田口学習教室で様々な面において脳を発達させていきたい。
 田口学習教室に対する要望としては、もっと大きく広告を出してほしいような、ほしくないような。

並木高校三年 川原崎悟

 学ぶということはどういうことでしょう。単に英単語や公式をやたらに覚えるだけではないと思います。
しかし「社会性」や「論理的展開力」など現代社会で最も要求される部分はいかにして学ぶのでしょうか?
 この教室では受験だけでなく、社会で通用する様々な「能力」を養ってくれると思います。大切な受験期にただひたすら勉強するだけが受験じゃない、少なくとも私はそう考えています。 

茗渓学園高等学校三年 渡良平

 田口学習教室の特徴の一つに『極度にアットホーム』ということが挙げられます。
これこそが個人塾の持ち得るメリットであり、他の塾と、この学習教室とを分かつポイントであると感じています。
 例えば、授業で英語の長文を扱うときも、本文の内容や設問、解答のみに捉われることはまずありません。他の塾生や先生方とその問題に関する『雑談』を交わすことから始まります。そこで各々が持っている知識を共有し、先生方から新たな知識を享受して頂き、そして、それを踏まえたうえで、自らの力で問題を解くので、自分の解答に対して完全に自信もつことが出来ます。
 他の塾では考えられないこの『雑談』ですが、僕はこれに甚く感銘を受けました。
英語の問題であっても、その範囲に留まらず、非常に広い視野からの知識が手に入る、というのがこの『雑談』の特徴であると思います。問題を解くたびに新たな知識を手に入れ、それが自分の学力向上に繋がっていることをしっかりと実感できます。
 解答だけでなく、解法だけでなく、弁証法的にその一段階上の理解を目指す授業を行えるのは、他ならず、この田口学習教室だけであると思います。

東洋大学付属高等学校三年 倉持圭

 皆さんは学習とは何だと思いますか?
おそらく学校での授業や宿題、受験用の問題集を解くことだ、と思っているのではないでしょうか。私もこの田口学習教室に来るまではそのように思っていました。しかし、田口学習教室で学ぶと今まで思い描いていた学習は真の学習でないことに気が付かされたのです。
 学校での授業や自分で問題集を解くことは一見すると学習しているように感じられますが、そこで重要視されていることは1つの問題に対する1つの答えのみです。答えにたどり着くまでの過程や思考、知識が重要視されることはほとんどありません。しかし、これらが重要視され得無ければ人は1つの問題に1つの答えしか見つけられなくなってしまうのではないでしょうか。もし、そのようになってしまった場合その人は膨大な情報が飛び交い、数々の問題が溢れ出てくる現代では生きていけません。1つの問題を様々な角度から眺めることが出来る柔軟性を現代社会は求めているのだと思います。 

並木高校二年 倉持礼

 皆さんにとって、塾とは何ですか?
私にとって塾とは、自分が笑顔でいれる、自分が素になれる、大切な居場所です。
この教室では、みんながいろんな面でいつも真剣に考えてくれ、向き合ってくれます。
時にはふざけ合い、時には勇気づけ合い、時には良きライバルになります。
ここの勉強とは、教科書に書いてあることだけではありません。
受験に必要な勉強、生活に必要な勉強、人生に必要な勉強、全てが勉強なのです。
私はここで、自分が自分になれました。そして勉強が好きになりました。
本当の、大切な勉強を学びたい人は、是非一緒に高め合いましょう!
大丈夫 ここならきっと 夢叶う。

土浦第二高等学校二年 田中瑞輝

 この教室では、自分の知識をより高めることが出来ます。しかしその為に、いつも疑問に思ったことを直ぐ口に出し質問しないことには、始まりません。個人的質問だって、先生の予定に合わせれば勿論無料で受け付けてくれます。
 そしてその他にも、人生において必要なことや、社会においての常識を学べます。授業中に雑談が必要なのかと思いの貴方、一番大切なことこそ会話中に出てくる知識なのです。
 共感を持てた貴方、是非とも訪れてみてください。
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